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大阪高等裁判所 平成8年(う)1130号 判決 1997年5月27日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三月に処する。

理由

本件控訴の趣意は、大阪高等検察庁検察官検事加納駿亮が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人伊藤裕志作成の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、被告人に対し再度刑の執行を猶予した点において原判決の量刑は著しく軽きに失し不当であるというのである。

そこで記録を調査すると、本件は自動車の無免許運転の事案であるが、被告人は前科九犯を有しており、交通関係の事犯だけでも、昭和四〇年四月に業務上過失傷害及び道路交通法違反の罪により罰金刑に処せられ、そのころ運転免許の取消処分を受け、以後運転免許を取得しないままで、昭和五二年三月に無免許運転及び業務上過失傷害により罰金刑に処せられ、昭和五六年一二月に無免許運転、業務上過失傷害及び報告義務違反により懲役四月に処せられて服役し、さらに平成四年一二月二八日に無免許運転、信号無視及び自動車窃盗の罪で懲役一年二月、四年間刑の執行猶予の判決を受け、その猶予期間中に本件に及んだものである。

このように、被告人は、三〇年以上前に運転不適格者として運転免許を取り消されたにもかかわらず、その後も無免許運転を反復累行し、二度にわたって交通事故を起こすなど、その運転の危険性には著しいものが存する上、被告人の前科の中には、運転免許を持たないのに複数の自動車窃盗を犯しているものがあることも見逃せないところである。

しかるに原判決は、被告人の前科や本件の動機に照らすと、再度刑の執行を猶予するのは一般的に相当とは考えられないとしながらも、本件は、海釣りに行くために運転してもらう予定の者が急に来られなくなったことなど、いささか偶発性のある事犯であること、被告人の最近の生活に落ち着きが認められるようになってきており、また被告人の妻が原審公判廷で被告人の厳重な監督を誓約したこと、「無免許運転に対する社会的非難の根拠は、交通ルールを乱し、事故の危険を高めるという点にあるところ、そのようなルールに違反した責任に、ある程度見合うような社会的貢献をすることによって右非難感情はいささか緩和されると考えられる」ので、被告人が原審公判中に、震災の被害者の訪問などのボランティア活動をしたことにより、被告人に対する社会的非難はそれなりに減弱して評価するのが相当であることを理由として、被告人に対して再度刑の執行を猶予したものである。

しかしながら、右のような単純な動機で本件に及んだことは、かえって無免許運転の常習性を窺わせるものであるのに、原判決のように本件を偶発的な犯行とみることは失当である上、記録上、被告人の妻が原審公判廷において被告人の監督を誓約したような事実は認められず、同女が被告人の無免許運転に対する歯止めになっていた形跡も全く窺われない。

また無免許運転が処罰される趣旨は、それが一般に交通の安全を害し、交通の危険を発生させるおそれが大きいので、これを防止するためであり、被告人のように運転免許を取り消された者も、交通の危険性が高いがゆえにその処分を受けたものであるところ、原審が被告人に指示したようなボランティア活動に従事することによっては、右の危険性が除去され、あるいはこれが減少するものとは到底いえないところである。

にもかかわらず、原判決のように無免許運転を単なるルール違反であるかのように捉えて、交通の危険性の状況ないし減少とは何ら関係のないボランティア活動をしたことをもって、被告人に対する社会的非難が減弱したと評価することは、無免許運転罪の罪質にそぐわず失当というべきである。まして右活動が原審裁判官の指示によるものであり、しかも被告人を右活動に従事させるために、ことさら被告人の最終陳述の終了後に、公判期日を重ねて指定し、迅速な裁判の要請にも反する本件のような事案において、右活動をしたことを再度の執行猶予の根拠とすることは不当である。

結局、本件において、被告人に対し刑の執行を再度猶予するのを相当とするような特段の事情は存しない。したがって、被告人に対し、懲役三月に処した上、二年間保護観察付で刑の執行を猶予した原判決は、刑の執行を猶予した点において軽きに失し、その量刑は不当であって到底破棄を免れない。論旨は理由がある。

よって刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により次のとおり判決する。

(罪となるべき事実及び証拠の標目)

原判決の「罪となるべき事実」及び「証拠の標目」(ただし、「被告人の当公判廷における供述」とある部分を、「原審公判調書中被告人の供述部分」と改める。)のとおりである。

(確定裁判)

被告人は、平成九年二月二〇日神戸地方裁判所姫路支部において、道路交通法違反罪により懲役五月に処せられ、右裁判は同年三月七日確定したものであって、この事実は当審において取り調べた検察事務官作成の前科調書によって認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、道路交通法一一八条一項一号、六四条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、右は前記確定裁判のあった罪と刑法四五条後段の併合罪であるから、同法五〇条によりまだ裁判を経ない判示の罪について更に処断することとし、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役三月に処し、原審及び当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項ただし書により被告人に負担させないこととする。

(量刑の補足説明)

当審における事実取調べの結果によれば、被告人は前記ボランティア活動に赴くためにも自動車を運転したほか、原判決の七日前及び三日後に、さらに無免許運転をして前記確定裁判を受けるなど、その常習性には顕著なものがある。しかしながら、原判決後、被告人の家族の生活等に斟酌すべき状況も生じていること等を総合勘案し、主文のとおり量刑した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 内匠和彦 裁判官 榎本巧 裁判官 田邉直樹)

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